JH 「合楽的修行」

昭和五十七年二月二十一日 朝の御理解

x御理解 第三十七節 「生きておる間は修行中じゃ。ちょうど、学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞ。」

 
 一生が修行じゃと仰せられます。その一生が修行も合楽理念に基づいて、いうならば、合楽的修行とでも申しましょうか。それこそ、嬉しゅう、楽しゅう、有り難うでけれる修行を身につけていきたい。又、そうありたいと思います。
 林扶美子でしたかね、自分の生涯を振り返って、とにかく苦しき事のみ多かりきというようなそういう生涯であってはつまらない。
 この世での生き甲斐というものが、その、修行を楽しゅう、嬉しゅう出来るというような生き方こそ、本当の生き甲斐を求めた人の生き方だと思うです。
 本当に苦しい事ばっかりだったといったような、普通、まあ、それはあたり前のようにいわれますけれども、ね。合楽的私は修行というのは、いうならどういう、普通からいうなら、苦しい事であってもその中に、御神愛を悟らせてもらい御神願がこのようにして成就しておるんだと思うたら、有り難く出来るし嬉しゅう楽しゅう出来るわけです。
 昨日、久留米の石田さんがお届けをされるのに、今先生は御子息と二人で日にちをかけてヨ-ロッパ旅行を今なさっておられます。その時にその御子息がお母様も御一緒に是非という事だったそうです。いわゆる親子三人でヨ-ロッパ旅行しょうというのであったんですけども、私はもう、合楽通いがどこへ行くよりも一番いい。
 とにかく、お父さんとあなたと行っておいでという事で、まあ、息子が強いて言うてくれたけれども辞退したといわれるのです。もう、とにかく、まあ、心の上におかげを受けておられるだけではなくて、もう、本当にその一事が万事の上におかげを頂いておられる。
 先だってもあの十三日会に発表が石田さんでしたが、もう本当にあのう発表させて頂いた堺にある事が、もうすっきりおかげを受けた、というお届けがあったんですけども、何か一心発起するという事ですね。生き方の上に修行の上にでも、その受け方頂き方がその一心発起するというところに、もう本当に手の平を返すようなおかげにもなってきておるという事を、その色々お届けが昨日あっとります時に、私はここで頂く事がz『松坂慶子』と頂くです。確か松坂慶子という女優がおるでしょう、ね。して、慶子のけいはこの余慶ありの慶でしょ、ね、あの、慶びという字のむづかしい、ね。勿論、松坂っていうのは今日皆さんに言っておる合楽的修行だと思いますね 合楽の信心は松と言われるし、信心も山登りも同じといわれるこの、いわゆる坂をこう登るにしてもその坂登りが楽しゅう嬉しゅうそれは若い人達が、登山するような気持ちでね、修行が出来たら素晴らしいと、こう思うんです、ね。
 昔の、まあ椛目時代の、ま、幹部の方達が皆言うてましたよ、あの時分は、毎月御本部が月参りでしたからね、それにもう、とにかく親先生がおいでられるところになら、もうどこっでんついて行きたい。又、そういうおかげを頂きたい。
 確かに、そういう願いを皆さんなさってましたですね。ね、ほんにお参りしたいと思うばってん金がない、暇がないというような事ではない、ね。
 ま、病気の修行、いろんな人間関係の修行、ね。経済面の修行と、まあ、いろいろありますけども、そういう修行からは早く私は脱皮したい、卒業したい。人間関係なんか全然ない、もう、こちらが信心で頂けば、いわゆる問題が問題にならんのだから人間関係なんか問題じゃない、ね。なるほど、その貯めあげた、さあ、銀行にこれこれ預金があるというわけじゃないけれども、必要なら必要なだけの、いうならば、お金に、さあ、御本部参拝をするといやあ、ちゃあんとお繰り合わせが頂けるといったような、ね。そういう、いうならおかげを頂きたい、ね。だから、修行というてもね普通一般でいう本当に苦しき事のみ、という修行からね、楽しい、有り難い、ね、でないならば、合楽理念が生き方の中に根本的にない証拠だと、先ず皆さん思わなければいけません。ね、
 rもうお父さん今夜御飯炊きしましたら、明日の朝のがないです。お米が、と。まあ椛目時代の修行中の時分に家内が申します。そりゃ困ったねえ、隣から一升借りとけと私は言いませんでした、ね。今日頂けたという事が、お前有り難い事ではないかとね、も、明日は明日の風が吹くぞと、さあ、今夜はもう神様にお礼申しあげて早く寝もう。これが私の生き方でした。いつの場合でもそうでした。塩がないという時もありました。けれどもね、もう、本当にもう間違いなくおかげを頂きましたですね。
 rあの時なんか朝の御祈念から帰らせて頂いて、それから、表の戸をこう開けるわけです、帰ってからそしたら表を石炭箱んごたっとをいいつけちから自転車が、こう行き過ぎますもん、少し行きよって又グリッと廻って来てから、あの、言われるのに塩はいらんですか、ち、どっかお素人さんで、どっか大分あたりからどっか塩を箱一杯何かと交替してから持って、素人さんがさあ、塩売りに出てきちゃるわけです。で、どこに寄りそうもない時、丁度私が表で戸を開けよったからその、いやそんなら頂きましょうと言うて、それを安くそしてこれは数量、とにかく石炭箱一杯で一斗なら一斗という、ならその一斗なら一斗で頂きましょうと言うて計ったら一升位多かった。値段も大変安かった。まあ、あの時分に塩がないといやあね、それこそ、まあ、遠い所まで皆さんが買いに行かれるといったような時代なんです。
 z今夜炊きましたけど明日の朝炊くとがないという、あくる朝すぐ裏に篠原さんちいう家がありますがそこの方が丁度消防の何かこう皆で集まる事があって、まあ、その時分に炊き出しなんてやっぱ田舎の町だからでけたんでしょうけれども、炊き出しがあったんです。その手伝いに行かれたところが、人数が集まらなくて沢山そのおにぎりが余ったらしい。だからもう全然手をかけない。塵箱行きだん、私、その時分に、ニワトリがおりましたからその、大坪さんニワトリなっとん食べさせて下さいというて持って見えた。勿論、私のない家の事情を知っとられるから、ま、そげん言うてまあ、持って来て下さったわけでしょうけれども、それをお粥さんに致しましたから、又、その日一日はおかげで頂く事が、食べんなりという事はなかったです。
 だからそういう時にです、もう、いよいよこの神様ばかりは間違いないなあという信心が身について来たわけです。もう、一事が万事にそうなんです、ね。
 まあ、例えば、なら御本部参拝というてもですね、なら、そのいつもこの余裕がなからなければじゃなくて、その気になればちゃんとお繰り合わせが頂ける。なら、例えば、もう、明日食べる物がないというてもです、合楽理念に基づいたら心配する事いらんです。さあ、隣近所に借りに廻って行ってせんでええです。だから、そういう信心を身につけてはじめて、それがいうならば、だんだん豊かに不自由せんですむように全ての点におかげを頂いておるのが今日の合楽なんですよ、ね。
 ですから、なら、さあ本当に明日食べる物がない、今日食べてしもうたら炊く米がない、塩がないというような時でもです、ね、いうならば、喜びで受けて行かれ、そういう信心修行こそ、私は松阪慶子じゃないかと思うんです。
 又、合楽ではね、そこん所をいうならば、微に入り細にわたって説くのですから、それを自分の上に、これはなら、人間関係にしましてもそうですよ、ね。健康の上においたって同じです。まあ、本当にあの時分にいろいろと、子供の病気とか、家内なんか特に目を患いましてから、もう本当に皆がたまがるようなところを、まあ、おかげを受けたんですけれども、もう、本当に神様にお任せしきってのという事は、こんなにも有り難くこんなにもいうなら、楽しゅう、有り難う頂けるという事を体験するという事がです、ね、
 だから修行もそういう修行でありたいと思う、一生が修行である、ね。いよいよ、ギリギリのところのおかげを頂いて、その根本的なところを神様ちはこんなにも間違いない方である事の実感という生活から、だんだん、それが本当なものになっていけばいくほどにです、いうならば、ま、いうならば、お米がいつも何十俵でも積みあげちゃる、ね。
 お金は億のつく金でも神様はちゃあんとお繰り合わせを下さる。健康の上にも一人一人が、これだけの沢山な家族の中におかげを頂いておる。
 先だってから二番目の光昭のところの子供達が次々と病気をする。最近は夫婦で布教のお許しを頂いておるので、そのスム-ズに布教に出られるようにという願いを毎日夫婦で致しております。ですから私が、子供の病気の時、こりゃあんたどんが布教に出る時の元手ばい、ち、私が言いよります。ね、
 こういう時もあったですけども、こげなふうでおかげ頂いたという、そのおかげのいうならば、それは取次者として資本、商売人が資本がなからなければ商売が出来ないように、取次者はそういう、いうならば、資本になるような信心を身につけておかなければお取次はでけんよと言うて申しておりますように、そういう取り組み方なんです、ね。そこからいよいよ神様を信ずる力が、いよいよ本当なものになってくる時に、神様はもう貧乏させなさる事はない。不自由させなさる事はない。病気をさせなさる事はないといったようなおかげに、しかも、なら、私は、あいよかけよで立ち行くというような大変、まあ、意味深い事ですけれども、今日は教会の何か御用が信徒の皆さんであるわけでしょう。植木植えかなんかがあるわけですね、ね。
 そういう例えば、それこそ、親先生がおいでられるとこなら、もうどこにでんついていけれるようなおかげを頂きたいという願いと同時に、教会に何かある時にはですね、そういう御用もさせて頂きたいというような願いなんです、ね。いつもお世話になりよるけんで、たまの御用の時には、まあ、お手伝いに行かじゃごてち、いうごたるというようなもんじゃなくてね。それを本当に素晴らしい修行として、楽しい有り難い修行として頂けれる。
 あいよかけよというのは、自分の家もなからなければ教会もない、ね。教会の、まそれこそ久富繁雄さんのそれじゃないですけれども、教会と一緒に、いうならば発展していこうと、ね。松の緑に梅にも春のという事になってくるね。そこには、竹に雀の踊り続けんといったようなね、生涯そういう修行にかけるんです命を、ね。
 そこから、いわゆる松の緑という事は合楽の発展という事でしょうけれども、梅にも春のね。同じ梅というのは、信心辛抱と言われるが歯をくいしばっての辛抱ではない。いや、そういう辛抱もしぬいたけれどもね。それこそ、梅にも春が訪れるというようなおかげの状態が今、久富さん一家のおかげの状態ではないだろうかというふうに、まあ、申しておりますがね。
 そこには、それこそ年の百まで踊り忘れず、もう、とにかく、八十になろうが九十になろうが手足の動く限りは、この御用だけは続けたいといったうなその御用精神の中にはもう必ず、先だってから、あの月次祭に今申したようにね。
 あと、こう私一緒に聞いた事ないけれども、やはり手応えを感じておられると思うです。いうならば、御用が楽しいんです。嬉しいんです。じゃなかろうかと思うです じゃなかったら何十年も続けられませんもんね。そういう一つの、ま、昔の幹部の方達が言っとったように、親先生が行かれるとこにならどこにでんついて行く。どこにでんお供していきたい、ね。こと教会の事だったらもう、どういう事にでも御用させてもらいたい。というような願いがあって、その願いの内容がそんならば暇が出来たらお金が出来たらというのではなくて、そういう暇もなければお金もない時でも、なら私共がなら、合楽の根本になっておるような塩の事やら、今のおにぎりの事やらね、そういう生き方の中から絶対間違いのない修行として受けて下さるという事だけではなくて、こんなにも神様っていう方は間違いがない方だという体験を積んでいく事も出来るわけでしょう。
 私、松坂慶子、昨日私、そうまでも感じなかったけれども今日、この御理解頂いてははあ、今石田さんあたりがなさっておられる修行こそが松坂慶子だなあと。
 楽しうして有り難うしてという修行ですかね。そりゃ人間関係、そいや信心がないならいろいろあります。けどもそれを合楽理念をもって頂くから、もう有り難い事になってきとる。皆が、楽しいものになっておられる、ね。
 そこになら、どこにどういう、いうならば旅行なら旅行といって、いやあもう旅行も有り難い。有り難いばってん私は、とにかく合楽参りが一番だと、最高だというふうなその頂き方の中からね、いうならば、有り難い、楽しい、しかも愉快なまでの修行が出来る。そいう修行でお互いに終わりたいですね。
                     どうぞ。